理事立候補者プロフィール
1 佐渡 一成 (さど眼科)
眼科医 ロービジョン学会評議員。順天堂大学 眼科非常勤講師。東北大学 臨床准教授。
所信
眼科診療所を開業しているため、総会や理事会への参加もままなりませんが、メール等でお手伝いできることがありましたら協力させていただきたいと考えています。
2 小田 浩一 (東京女子大学)
大学と大学院で感覚知覚の心理学を修めた。1984年6月に国立特殊教育総合研究所・視覚障害教育研究室に研究員として就任してから視覚障害に関する研究を始めた。
1992年からは東京女子大学に移り、大学・大学院生を教育しながら、視覚障害とりわけロービジョンに関する研究をしている。視覚障害リハビリテーション協会の早期から参加し、多くの発表を行ってきた。2009年から2年間は監事及び論文集委員長をした。
所信
2009年から、論文集委員会を組織し、現在休刊になっている研究紀要の再刊のための準備を行って来た。再刊に際しては、これまで通り研究大会発表における発表を多数掲載しながら、原著論文も掲載し、専門誌としての存在感・価値を高めたいと考えている。次期の協会はその研究紀要を定期的に刊行していくことになるので、安定して編集・発行できる体制を整備することで協会の発展に寄与したい。
3 吉野 由美子 (現 視覚障害リハビリテーション協会会長)
私は、1947年生まれ63歳。良い方の眼の矯正視力0.2のロービジョン当事者です。教育大学付属盲学校(現筑波大付属)高等部卒業後、日本福祉大学で社会福祉を学び、名古屋ライトハウスあけの星声の図書館(現名古屋盲人情報文化センター)で、点字図書館の業務をしながら、中途視覚障害者の相談に乗る仕事につきました。約40年ほど前のことですが、そこでお目にかかった中途視覚障害者があまりに絶望感に打ちひしがれ、希望のない毎日を送っておられるのを目の当たりにして、憤りを感じ、視覚障害リハビリテーションの方法とシステムの構築を自分のライフワークと考えるようになりました。
その後は、高知女子大学で社会福祉を教える傍ら、高知での視覚リハ普及活動に取り組み、現在は、視覚障害リハビリテーション協会で、全国的に視覚リハシステムの普及ができるようにしたいと思っています。
所信
地域で在宅の視覚障害者に支援を行って来た経験から、視覚障害に対するハビリテーション・リハビリテーションは、医療・教育・福祉のあらゆる職種の連携なくしては不可能であることを痛感しました。
そこで、当協会を、視覚リハに関わるあらゆる職種の方が平等な立場で参加し、話し合いができる協会にすること。この協会に属する現場の方たちの豊富な臨床経験を研究の分野に属する方たちが精査し、蓄積して研究成果をあげ、視覚障害者支援の方法・技術、制度制作など、あらゆる最新情報を蓄積し、協会員のみならず、行政関係者、視覚障害関係の研究者、学生、当事者の方たちに有益な情報を提供し、制度制作の立案の時に、有効なシンクタンクになれるように、協会が発展していけるよう力を尽くしたいと思い立候補いたしました。
当面は、今まで行って来た、組織体制の改革、視覚障害者生活訓練指導員の国家資格化の達成、当事者団体との連携、他団体との連携の促進に努めていきたいと思って下ります。
4 飯塚 潤一 (筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター)
1990年台初頭から富士通で視覚障害関連ソフトウェア(FM-TALK,FM-BRAILLE,VZoom)の開発及び展示会やセミナーで視覚障害者のアクセシビリティ向上活動に従事。また,ウェブ・アクセシビリティの向上を目的として日本規格協会においてJIS-X8341-3『高齢者・障害者等配慮設計指針―第3部:ウェブコンテンツ』の原案を策定。
現在,筑波技術大学に在籍。視覚障害者向けの情報補償機器の評価を行うなどして,全国の高等教育機関で学ぶ視覚障害学生の修学環境改善に努めている。
所信
今期は理事として新事業委員会でウェブと点字版のアンケートを実施いたしました。今年度中に会員の皆様からの要望をまとめ、次期は皆様のニーズにそった新事業を企画立案及び実施していきたいと考えております。また,ホームページをリニューアルし協会の活動を広く広報すると同時に,会員間の情報共有を推進し地域格差や情報格差の低減に努めたいと考えております。これからの活動を通じて、視覚障害者・児のQOL向上に微力ながら貢献していく所存です。
引き続きご支援のほどよろしくお願い申し上げます。
5 中泊 聡 (国立障害者リハビリテーションセンター)
中泊です。国立障害者リハビリテーションセンター病院の眼科医です。平成7年より、神奈川県で地域のロービジョンケアを行って参りました。その間、七沢ライトホームの職員の方と一緒に県内のロービジョンネットワーク構築に関わりました。平成20年より現職となり、職名は厚生労働技官です。現在、視覚障害者の実態調査を行っています。
所信
激動の時代にも柔軟に適合するような視覚障害者支援システムを構築するには、現場の意見を偏りなく正確に集約することが不可欠であると思います。そのようなシステムの構築には、視覚障害リハ協会の果たす役割は小さくないと考えます。
皆様とともに視覚障害リハの発展と国民の福祉に資する仕事をしていきたいと思います。
6 田中 雅之 (名古屋市総合リハビリテーションセンター)
私は、平成11年に名古屋市総合リハビリテーションセンターに就職し、以後、視覚支援課にて、歩行訓練を中心に視覚障害者のリハビリテーションに従事してきました。視覚障害リハビリテーション協会には、学生時代の平成6年に入会。平成14年からは理事となり、大会運営の補助をするとともに、主に論文集製作などに関わってきました。
また、第19回リハ大会において、事務局長として大会の運営を行いました。
所信
現在、協会の理事として、論文集編集委員会、資格化検討委員会に所属しています。論文集編集委員会では、論文集の内容を一新し、年2回の発行を目指す、資格化検討委員会では、全国的な訓練士のMLが立ち上がり、今後資格化に向けた議論を進めていく、という方向性は決まりましたが、具体的な作業はこれから本格化していきます。
今回の投票で理事になれた時には、引き続きこれらの取り組みに携わっていきたいと思っていますので、よろしくお願いいたします。
7 福井 良太 (関西盲導犬協会)
1974年大阪市生まれ。1997年高知大学人文学部人文学科卒業。1997年から3年間、オーストラリアのクイーンズランド盲導犬協会にて盲導犬訓練士の研修を受ける。同時に、州立グリフィス大学大学院にてOrientation&Mobility(白杖歩行)指導員養成コースを修了。
日本ライトハウス、日本盲導犬協会、東日本盲導犬協会を経て、2008年より京都の関西盲導犬協会にて勤務。
所信
視覚障害リハビリテーション協会の最大の特徴は、視覚リハの最前線で働く人々に広く開かれた情報共有と相互交流の場を提供する、ということですが、近年は会員継続者及び大会参加者の減少が顕著であり、かつての活気が失われているように思えます。私は、若い世代との問題意識の共有および協会ホームページのリニューアルを通じて、視覚障害リハビリテーション協会をより魅力あるものにしてゆくお手伝いが出来るものと考えています。
どうぞよろしくお願い致します。
8 永井 和子(長崎こども・女性・障害者支援センター)
1972年、長崎県庁に保育士として入り、2ヶ所の知的障害児入所施設を経て、1984年盲児施設に転勤、その年日本ライトハウスにて厚生省委託歩行指導者養成課程を修了。2004年、視覚障害生活訓練指導者養成課程2年生修了。2011年3月にて、長崎こども・女性・障害者支援センターを定年退職となるが、この間保育士との兼任15年、専任11年、計26年間視覚障害リハビリテーションの担当をしてきた。
所信
視覚障害リハビリテーションについて、何も知らない私が、6ヶ月の研修を受け、これで見えなくなった人に「心配しないで、練習したら大丈夫だよ」と言えると思い嬉しくなった。
しかしその頃から何故私達の仕事は国家資格ではないのだろうかと思っていた。やっとその問題に取り組み始めた私達である。始めることに遅いことはないと思う。理事として関われる喜びを感じさせて頂いた今、後少し関わらせて頂きたいと思い、手を挙げた。
9 安藤 伸朗 (済生会新潟第二病院)
済生会新潟第二病院 第4診療部長、眼科部長
略歴 1977年3月 新潟大学医学部卒業。同年 5月 新潟大学眼科学教室入局。1987年2月 新潟大学医学部講師。1991年7月 米国Duke大学留学(1年間)。1996年2月 済生会新潟第二病院 眼科部長。2010年4月 済生会新潟第二病院 第4診療部長。
役職 日本糖尿病眼科学会理事。 日本眼循環学会理事。 「日本の眼科」編集委員。新潟県眼科医会監事。 新潟大学医学部医学科臨床助教授。新潟県立新潟盲学校評議員。専門は網膜硝子体疾患の診断と治療。趣味はウォーキング、メール
所信
私の仕事は眼科医です。不自由な人の視機能を向上させることを目指します。
治療学の進歩は目覚ましいものがあります。10〜15分の白内障手術で、素晴らしい視力を獲得できるようになりました。硝子体手術で、複雑な網膜剥離や糖尿病網膜症から視力を回復させることが出来るようになりました。薬を目に注射することにより、治療困難だった加齢黄斑変性でも視力を向上させることが出来るようになりました。
でも、どうしても視力を回復できない病気は数多くあります。そのような時でも多くの人と関わり、患者さんのケアをしていきたいというのが、今の私の願いです。
10 渡辺 哲也 (新潟大学工学部福祉人間工学科)
1993年、北海道大学大学院工学研究科修了。同年水産庁水産工学研究所研究員。1994年、障害者職業総合センター研究員。2001年、国立特殊教育総合研究所研究員。2005年、主任研究官。2009年新潟大学工学部福祉人間工学科准教授。この間2004年3月から8月、米国ウィスコンシン大学工学部客員研究員。音声・触覚情報を用いた視覚障害補償技術の研究開発に従事。
所信
視覚障害リハビリテーション推進のためには、質の高い情報が即時性をもって、できるだけ多くの方々に共有されることが大切です。本協会は様々な立場、職種の人たちで構成されますが、情報の共有こそはこのような種々の会員に共通して期待されることと考えています。このような考えのもと、現在員として携わっているホームページのリニューアルと紀要の復刊に傾注し、この協会に所属してよかったと会員が思えるようにしたいと考えます。
11 良久 万里子 (鹿児島県視聴覚障害者情報センター)
1982年から社会福祉法人 鹿児島県身体障害者福祉協会勤務。1982年 厚生省委託 歩行指導者養成課程修了。1987年から鹿児島県点字図書館(現在の鹿児島県視聴覚障害者情報センター)勤務。視覚障害者(児)の生活訓練を担当している。
所信
鹿児島でのパソコン講習会等各種講習会の実施、他機関との連携において、これまで視覚障害リハビリテーション協会から多くの協力をいただきました。そのリハ協のために微力ですがお手伝いさせていただきたいので、理事に立候補させていただきます。特に、「歩行訓練士の資格化」、「地域での視覚リハ推進」について取り組みたいと思います。よろしくお願いします。
12 園 順一 (京都福祉情報ネットワーク)
50歳ごろから見ることが不自由になり始め、視覚障害に関わる情報の収拾をはじめる。その中で視覚障害リハビリテーション協会との出会いもあった。一方では中途失明をされた方は多くの情報をご存じでなかった。そんなことから、情報提供の一つとして、福祉機器展示会を開催した。
このような活動が当時の理事の方々の目にとまり、理事への就任を求められ、2001年から理事を仰せつかっている。
また仕事として、コンピュータのシステムエンジニアをしていたこともあり、視覚障害者へのパソコン指導や、指導者の養成活動も行っている。
所信
今期の新体制になっても、理事への就任要請があり活動を始めたが、いまだ多くの事が中途であり、来期2年で見通しができるようにしたい。特に、協会の性格上、会員にはコンピュータエンジニアはほとんどおられず、Webサイトの仕組み作りにお役に立つことができればと考えている。
13 岡田 弥 (日本ライトハウス)
1992年、日本ライトハウスに入社。視覚障害リハビリテーションセンターで、点字、音声パソコン、白杖歩行などの指導を担当。2001年、同法人の情報文化センターへ異動。用具や機器の展示紹介、販売、操作サポート等を担当し、現在にいたる。他にきんきビジョンサポート副代表、視覚障害乳幼児研究会幹事、アイダス協会幹事、ライト・オン・デザイン・プロジェクト実行委員会スタッフなど。
所信
早いもので協会の役員になってから6期が過ぎようとしています。だんだん思うように使える時間が少なくなってはきましたが、大きな転換期を向かえた今、自分なりにやり残したことがあると感じ、再度立候補させていただきます。
14 前川 賢一 (NPO法人 アイパートナー)
ボランティアでの活動期間も含めると、障害福祉に関わって27年になります。知的障害の福祉、重度肢体不自由の福祉、児童福祉の経験を経て現在は、視覚障害者生活訓練指導員として、三重県在住の視覚障害児者に対して訪問訓練の現場にいます。
所信
視覚障害リハの現場での直接の努力と関わりで解決できる事柄と、リハに関わる全体の総意で取り組まなければならない事柄があります。当協会は、視覚リハに関わる諸分野の人で構成する組織であることが特徴であり、貴重な存在だと思います。
この特徴を最大限に活かし、視覚リハの研究と啓発を共同、協調の中で進めていくことの維持発展のために、お役にたてるのではと思い立候補することにしました。
15 原田 敦史(日本盲導犬協会)
平成7年3月東北福祉大学社会福祉学部福祉心理学科卒業。社会福祉士資格取得。卒業後、平成7年4月より国立障害者リハビリテーションセンターに就職。国立障害者リハビリテーションセンター学院の視覚障害学科にて、研修を受講。同年10年より函館視力障害センターにて勤務。ケースワークと生活訓練を実施。平成13年4月に神戸視力障害センターに異動。平成19年に退職。平成19年4月から公益財団法人日本盲導犬協会に就職。現在、仙台訓練センターリハビリテーション事業部マネージャー。
所信
視覚障害者へのリハビリテーションは大都市中心で行われており、地方では全く存在しないか、それに近い状態のところが多くあるのではと思います。連携ということが言われるようになって久しいですが、県を超えた地域での連携はまだ不十分ではないかと考えています。
今回、協会の新しい事業として地域ブロック会が実施されましたが、この動きを是非しっかりしたものにして、地域での情報交換・情報共有を活発にし、お互いのいいところを伸ばしていければと思っています。
16 寺田 真也(NPO法人 アイパートナー)
視覚障害生活訓練等指導者養成課程(第36期)修了。特定非営利活動法人アイパートナー勤務。
所信
約2年間、協会事務局として、これまでの協会運営を支えてくださった方々の業務を、一部引き継がせていただきました。
現在は、生活訓練指導員として、視覚障害者の方々に関わる仕事が中心です。
経験不足ではありますが、これまでと現在の仕事を協会のために役立てたいと考え、ここに立候補を表明いたします。
17 小林 章(国立障害者リハビリテーション学院)
国リハ学院の教官になって13年になります。スタートは理療教育課程の進路指導係として2年間、肢体不自由の方のケースワーカーとして5年、生活訓練指導員兼ケースワーカーとして8年勤務しました。教官職が一番長くなりましたが、ベースはケースワーカーだと思っています。現在は歩行訓練の実技指導、ロービジョン関係の講義や演習、その他雑多な講義科目の担当をしています。
所信
一番の関心事は、視覚障害生活訓練指導員の認定の仕組を作ることです。また、この専門職だけでなく、全ての関連専門職種の人にとって、この協会が貴重な研鑽の場、情報交換の場となることです。そのための努力をしたいと思います。
18 川嶋 英嗣(愛知淑徳大学)
視能訓練士の養成校で教員をしています。心理学を専門に教えており、視覚リハとは学生時代も含め15年ほどの関わりになります。
所信
医療関係の若い世代との橋渡しができればと思っています。よろしくお願いします。
19 阿曽沼 早苗(大阪大学医学部付属病院眼科)
職歴。1990年3月 国立大阪病院(現:独立行政法人 国立病院機構大阪医療センター)付属視能訓練学院卒業。1990年4月〜1997年3月 大阪大学病院眼科。1997年4月〜1999年7月 ガラシア病院眼科。1999年12月〜大阪大学病院眼科勤務。現在に至る。2009・2010年度、視覚障害リハビリテーション協会理事。
所信
2009年〜2010年の理事を務めさせていただきました。就任以降、勉強させられる事ばかりで、あっという間に任期が終わろうとしています。理事会の中の、新規事業委員会に属しており、東海大会において、地域ブロックごとの顔合わせや、協会への要望や提案を伺うアンケートを実施することができました。やっと一歩を踏み出せたばかりです。これらをもとに、会員の皆様にとって協会がこれまでの以上に有益で魅力的な会になるように、もう少し動いてみたいと思っております。
20 氏間 和仁(福岡教育大学)
1970年4月生まれ。1997年4月より愛媛県立松山盲学校教諭。2006年4月より国立大学法人福岡教育大学教育学部講師(視覚障害児教育専攻)。2008年10月より同校同学部准教授。現在に至る。
所信
視覚障害リハビリテーションにとって本会が十分に貢献していけるように努力していきたいと考えています。私は、2年間副会長として関わり、徳に規約の整備に力を注いでまいりました。来季も引き続き理事として関わらせていただき、基本となる選挙規約の完成を目指したいと考えています。
21 古橋 友則 (NPO法人六星 ウイズ蜆塚)
1977年1月生まれ。日本福祉大学を卒業し現在の職場に就職。
現職 NPO法人六星ウイズ蜆塚(就労継続支援B型事業所)施設長。視覚障害リハビリテーション協会事務局長。東海視覚障害者歩行研究会静岡支部長。
所信
本会の事務局、また資格化検討委員として学ばせていただいていることを、地域の訓練士や同年代の訓練士、また視覚リハに関わる他分野の方々に共有できる体制作りを確立できればと思います。特に歩行訓練士の資格化、会員の地域連携に力を注ぎたいと思います。
22 新井 千賀子 (杏林アイセンター ロービジョンルーム)
大学で視覚障害教育を学んだ後、視能訓練士の資格を取得し、病院勤務を経て国立特殊教育総合研究所に勤務しました。その間、国立小児病院(現国立成育医療センター)眼科で乳幼児の支援を担当させていただきました。2005年10月から杏林大学病院眼科でロービジョンケアを担当しています。ここでは、乳幼児から高齢者までを対象としたロービジョンケアと包括的な視覚リハの入り口として機能できるように努力させて頂いています。
所信
1995年に入会した当時、協会は研修会やセミナー等が活発に行われていて他では学ぶことのできない生きたリハの勉強ができる場所でした。2009年春より理事を務めさせていただき新規事業委員会として会員にとって有益な協会とはなにか?を念頭に、研修会や地域ブロック会など新しい企画を進めていますが、まだまだ十分ではありません。もう一期理事をさせていただきより充実した協会づくりを進めていきたいと思います。
23 和田 浩一 (愛媛県立松山盲学校)
愛媛県出身、52歳、中途視覚障害で現在全盲。
中学2年に網膜色素変性症と診断され、電子工学系のエンジニアの道を断念し、盲学校高等部に進みました。現在母校の理療科の教員として務めて27年となります。
盲学校に赴任した当初からコンピュータの活用を推進しています。点字や音声による視覚障害者用のソフトウェアの開発や情報機器の利用の推進に取り組んでいます。
所信
盲学校の入学相談で話を聞いていると、視覚障害があるにもかかわらず、医療、福祉の場でも盲学校や視覚障害リハビリ施設を紹介されていないケースが多くあります。情報が必要な視覚障害者に伝わっていない現状を何とかしなければなりません。視覚障害者やその周りの人たちがよりよくなるためにできることを考えていきたいと思います。視覚障害という切り口を生かして豊かな社会の実現を願いながら視覚障害リハビリテーションの発展に貢献したいと思います。
24 中川 幸士 (愛媛県視聴覚福祉センター)
中川幸士(なかがわ こうじ) 昭和38年4月28日生まれ。昭和63年、愛媛県盲人福祉センター勤務、平成7年に愛媛県視聴覚福祉センターと組織替えとなり生活訓練事業に従事する。平成10年に日本ライトハウスにて歩行指導者養成課程修了。現在、視覚障害係長として点字図書館、生活訓練業務等に従事。
平成9年から視覚障害者用道路横断帯(エスコートゾーン)の開発、研究に携わり、平成15年から2年間、警察庁の調査研究委員会委員を務める。
所信
私がこの会に参加させていただいた平成8年頃のこの会は、あらゆる分野において視覚障害に携わる真のプロ集団の集まりで、研究発表の内容は、どれも崇高かつ活気に満ちて大いに刺激を受けたことを記憶しております。
地方が疲弊してきて閉塞感があるこの時期に、このすばらしいプロ集団の会だからこそ視覚障害の世界に何か大きな風を送れるご協力ができたらと思い、微力ながら立候補いたしました。
25 金平 景介 (高知県身体障害者連合会)
平成14年3月鹿児島大学水産学部水産学科卒業。平成15年4月国立身体障害者リハビリテーションセンター視覚障害学科入学。平成17年3月国立身体障害者リハビリテーションセンター視覚障害学科卒業。平成17年4月財団法人 高知県身体障害者連合会 視覚障害者生活訓練指導員として勤務 現在にいたる。
現在は高知県内(高知市を除く)の視覚障害者生活相談・訓練事業を担当し、主に、歩行訓練、PC訓練、生活訓練、補装具日常生活用具の使い方の訓練などを訪問形式で行っている。
所信
視覚障害者生活訓練指導員として、高地で勤務をして6年目となり、全国でも上位の高齢化率の高知県での実情や課題を協会へ伝え、地域の実情にあった協会の活動を行いたいとおもっています。
又、一人職種や少人数で活動している視覚障害者生活訓練指導員(歩行訓練士)の情報交換できる機会等を増やし、地域で頑張っている視覚障害者生活訓練指導員が元気に活動できるような視覚障害リハビリテーション協会にしていきたいです。
26 永井 伸幸 (宮城教育大学)
筑波大学にて視覚障害教育・福祉の基礎を学び、同大学院にてより深く学んだ。博士課程心身障害学研究科中退の後、筑波大学心身障害学系で準研究員に従事した。
2003年より筑波技術短期大学にて助手を勤め、視覚障害学生の教育と指導に携わった。2007年より宮城教育大学特別支援教育講座に所属している。現在は准教授として特別支援教育教員養成(視覚障害領域)に関する教育・指導を行っている。
所信
本協会に所属して10年以上経つ中で、協会をより活発にしたいと思い、吉野現会長の呼びかけを受け、理事として運営に携わった。主として論文誌の刊行準備に携わり、何とか刊行にこぎつけることができそうな状態にまでになった。しかしながら、まだまだ整備すべき点は残されており、論文誌が質量とも安定して刊行できるようになるまで責任を持って関わるべきであると思い、立候補を決意した。
27 田邉 正明(日本ライトハウス)
日本ライトハウス養成部にて視覚障害生活訓練等指導者の養成に携わって6年になります。
所信
視覚障害生活訓練等指導者の資格化について様々な方の御意見を踏まえ、努力していきたいと考えています。